05. ゲノムスケール生成
ここまでは Evo 2 の 予測 と 解釈 を見てきました。このページでは、Evo 2 の 生成(generation) 能力——学習した分布から 新しい DNA 配列を作り出す 力を扱います。GPT がテキストを生成するのと同じ自己回帰の仕組みで、Evo 2 は ミトコンドリアから細菌ゲノム規模 までの配列を生成します。
1. 生成モデルとしての Evo 2
Evo 2 は予測器であると同時に 生成モデル です。仕組みは自然言語 LLM とまったく同じ自己回帰生成で、プロンプト(DNA の一部)を与えると、その続きを 1 塩基ずつ確率的にサンプリング していきます。
2. 遺伝子補完:プロンプトから機能タンパク質を作る
まず小さな単位として、遺伝子の補完 を評価しました。古細菌・原核生物・4 系統の真核生物(菌類・原生生物・植物・動物)の計6種について、高度に保存された遺伝子を選び、上流 1,000 bp + 遺伝子の最初の 500〜1,000 bp をプロンプトとして与え、続きを生成させます。
生成された遺伝子が本物とどれだけ一致するかを アミノ酸配列回復率(amino acid sequence recovery) で測ると、Evo 2 は高い回復率を示し、モデルサイズが大きいほど向上(40B / 7B が Evo 1 を上回る)、長文脈学習を通じても高い回復率を維持しました(Fig. 5b)。
3. バイオセーフティ:作れないものもある
02 で触れたデータ除外の効果が、生成にも表れます。ヒトに感染するウイルスのタンパク質については、Evo 2 は ほぼランダムな回復率しか出せません。直接ウイルスタンパク質を引き出そうとしても生成できず、意図しない・偶発的なヒト病原体ウイルスタンパク質の生成が防がれています(Extended Data Fig. 2c)。安全のために「あえて作れなくしてある」わけです。
4. ゲノムスケール生成
ここからが本領です。Evo 2 は 遺伝子単体ではなくゲノム規模 の配列を生成できます。論文では3つのスケールで検証しました。
ミトコンドリアゲノム(16 kb)
ヒトのミトコンドリア DNA の一部をプロンプトに、16 kb の配列を 250 種類以上 生成しました。MitoZ でアノテーションすると、ヒトミトコンドリアに期待される CDS・tRNA 遺伝子・rRNA 遺伝子の正しい個数 を備えていました(Fig. 5c)。さらに、
- 自然遺伝子との synteny(遺伝子の並び順) を保持(Fig. 5e)。
- 生成タンパク質は AlphaFold 3 予測で、ヒトミトコンドリアタンパク質と一致する 多量体複合体 を形成(Fig. 5f)。
- コドン使用頻度 がヒトミトコンドリアゲノムとよく一致(Extended Data Fig. 9d)。
- 各種類の tRNA を過不足なく生成(プロンプトに含めた2つを重複させずに)。
最小細菌ゲノム(M. genitalium, 580 kb)
100 万塩基の文脈を活かし、最小ゲノムのモデル生物 Mycoplasma genitalium(約 580 kb) の規模に挑戦しました。リファレンスの 10.5 kb をプロンプトに、580 kb の配列を 10 本 生成し Prodigal でアノテーション。生成遺伝子の 約 70% が有意な Pfam ヒット(タンパク質ファミリーに一致)を示し、これは Evo 1(131k 文脈)の 18% からの大幅な改善 です(Fig. 5g,h)。生成タンパク質の長さ・二次構造の分布は天然の M. genitalium に似ており、構造アラインメントも取れました(ただし構造予測の信頼度は天然遺伝子よりやや低め)。
真核染色体(酵母, 330 kb)
真核生物の生成能力を見るため、Saccharomyces cerevisiae(出芽酵母)の 第 III 染色体(約 316 kb) の 10.5 kb をプロンプトに、330 kb の配列を 20 本 生成しました。生成配列には tRNA・プロモーター・イントロン構造をもつ遺伝子 が含まれます(Fig. 5l)。tRNA や遺伝子の密度は天然より低いものの、遺伝子長分布は自然に近く、系統的近さの指標である TUD(tetranucleotide usage deviation) は天然の酵母と相関し、その一致は 40B が 7B より高い 結果でした。
5. 生成物の構造・配列レベルの検証(Extended Data Fig. 9)
本編で「正しい遺伝子構成・synteny」と述べた生成物を、論文は 構造・配列レベルでさらに細かく検証 しています。
文脈長と回復率(a) — 遺伝子補完のアミノ酸回復率を、文脈拡張の各段階(8k の base → 262k → 524k → 1M)で比較。長文脈学習を通じても高い回復率が維持されることを確認。
ミトコンドリア(b–e)
- 生成タンパク質の AlphaFold 3 複合体 が、天然ヒトミトコンドリアタンパク質の複合体と 構造的にアラインメント(予測誤差 PAE も提示)。
- 生成配列の コドン頻度 がヒトミトコンドリアと一致し、tRNA アンチコドン の頻度も MitoZ 注釈で適切。
M. genitalium(f–h)
- 生成遺伝子の ESMFold pLDDT(構造予測の信頼度)分布を天然と比較。
- TM スコア(UniRef50 AlphaFold DB に対する構造類似性)で、生成タンパク質が天然構造に対応することを確認。
酵母 S. cerevisiae(i–n)
- 生成遺伝子の 長さ・pLDDT(GeneMark-ES 注釈)、TM スコア(UniRef50)、二次構造 分布を天然と比較。
- 系統的近さの指標 TUD(tetranucleotide usage deviation) を、天然 S. cerevisiae・近縁種 S. pombe・Evo 2 生成配列で比較し、生成配列が S. cerevisiae に近い ことを確認。
これらは、生成配列が「配列の見た目」だけでなく 予測される立体構造のレベルでも自然に近い ことを示します(ただし次節のとおり、in silico 指標は機能を保証しません)。
6. 評価と限界
これらの評価は、MitoZ・Prodigal・GeneMark(遺伝子予測)、Pfam/hmmscan(タンパク質ファミリー)、AlphaFold 3・ESMFold(構造予測の pLDDT・TM スコア)、BLAST(配列類似性)といった in silico(計算上)の指標 に基づきます。
論文は限界を率直に述べています。これらの指標は配列が ゲノムに似ている ことを示しますが、細胞内で機能する・複製できるゲノムであることを保証しません。生成ゲノムには一部の必須遺伝子が欠けるなどの不足があり、ゲノム規模の設計を実際に検証するには 大規模で反復的な実験 が必要です。とはいえ Evo 2 は、Evo 1 より強力で 真核配列まで生成できる、ゲノムスケール生成の確かな基盤を提供します。
「文章としては流暢だが事実として正しいとは限らない」という自然言語 LLM の課題(ハルシネーション)と、「配列としてはもっともらしいが機能するとは限らない」というゲノム生成の課題は、よく似た構造をしています。生成物の品質を 外部の検証器(ここでは構造予測や実験)で確かめる という発想は、次ページの設計タスクでさらに重要になります。
7. まとめ
- Evo 2 は GPT と同じ 自己回帰生成 で、遺伝子からゲノム規模までの DNA を生成できる。
- ミトコンドリア(16 kb)・酵母染色体(330 kb)・M. genitalium(580 kb) を生成し、正しい遺伝子構成・synteny・コドン使用・構造を再現。
- M. genitalium の Pfam ヒット率は Evo 1 の 18% → Evo 2 の 70% と大きく前進。
- ただし in silico 指標は機能を保証しない——実験的検証が次の課題。
次の 06. クロマチン設計と考察 では、ただ生成するのではなく 「狙った機能をもつ配列」を設計 する、推論時ガイダンスの手法を見ます。ここで「外部の検証器で導く」発想が主役になります。