01. 概要と全体像
このページでは、論文 「Advancing regulatory variant effect prediction with AlphaGenome」 の全体像をつかみます。書誌情報、要旨(Abstract)の精読、論文が解こうとした2つのトレードオフ、モデルの貢献、そして以降のページで詳しく見るトピックの見取り図を示します。
同じ「生物学 × 配列モデル」でも、Evo 2 と AlphaGenome は 設計思想がまったく異なります。Evo 2 は「次の塩基を当てる」自己回帰の ゲノム言語モデル で、進化が刻んだ尤度を学びます。一方 AlphaGenome は、DNA 配列を入力すると 実験データ(遺伝子発現・クロマチンの開き具合など)を直接予測する 教師あり回帰モデル(sequence-to-function model)です。両者の関係は本ページ末尾でまとめます。
1. 書誌情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| タイトル | Advancing regulatory variant effect prediction with AlphaGenome |
| 著者(筆頭・equal contribution) | Žiga Avsec, Natasha Latysheva, Jun Cheng, Guido Novati, Kyle R. Taylor, Tom Ward, Clare Bycroft, Lauren Nicolaisen, Eirini Arvaniti, Joshua Pan ほか |
| 監督 | Demis Hassabis, Pushmeet Kohli |
| 所属 | Google DeepMind(London, UK) |
| 掲載誌 | Nature 649, 1206–1218(2026年1月29日号、オンライン公開 2026年1月28日) |
| 投稿 / 受理 | 受理 2025年5月16日 / 受理 2025年12月4日 |
| DOI | 10.1038/s41586-025-10014-0 |
| ライセンス | CC BY 4.0(オープンアクセス) |
| モデル提供 | 非商用 API(deepmind.google.com/science/alphagenome)+ Python SDK |
論文本体は CC BY 4.0 ライセンスです。本ドキュメントの図は、論文の図版を転載したものではなく、内容を理解するために独自に描き起こした概念図 です。論文中の図を指すときは「Fig. 1」「Extended Data Fig. 1」のように参照番号で示します。原図は論文ページで確認してください。
2. ひとことで言うと
AlphaGenome は、1 Mb(100 万塩基対)の DNA 配列を入力すると、数千種類の機能ゲノミクス・トラックを最大「単一塩基解像度」で同時に予測する統合モデル です。
「機能ゲノミクス・トラック(genome track)」とは、DNA の各塩基対に1つの値(実験で測った読み取り深さ・シグナル強度など)を対応づけたデータ形式です。たとえば「この位置はどれくらい RNA に転写されているか」「クロマチンがどれくらい開いているか」といった測定値が、塩基ごとに並んだ折れ線になります。AlphaGenome は 配列だけからこの折れ線を当てる ことを学びます。
特筆すべきは次の3点です。
- 統合性(unified) — 遺伝子発現・スプライシング・クロマチン状態・転写因子結合・3次元接触マップなど、従来は専用モデルに分かれていた 11 種類のモダリティを1つのモデルで 予測。ヒト 5,930 トラック、マウス 1,128 トラックを同時に出力します。
- 長文脈 × 高解像度の両立 — 入力 1 Mb の広い文脈を見ながら、出力は最大 1 bp(単一塩基)解像度。後述するように、従来モデルはこの両立ができませんでした。
- 変異効果予測の SOTA — トラック予測 24 タスク中 22 で、変異効果予測 26 タスク中 25 で、その時点で最強の外部モデルに匹敵または凌駕。
3. 要旨(Abstract)の精読
論文の要旨を分解しながら読みます。
Deep learning models that predict functional genomic measurements from DNA sequences are powerful tools for deciphering the genetic regulatory code.
出発点は、DNA 配列から機能ゲノミクスの測定値を予測する深層学習モデル(sequence-to-function model)が、遺伝子制御コードを解読する強力な道具だ、という認識です。
Existing methods involve a trade-off between input sequence length and prediction resolution, thereby limiting their modality scope and performance.
ここが論文の核心の問題提起です。既存手法は 「入力配列の長さ」と「予測の解像度」がトレードオフ の関係にあり、扱えるモダリティの幅や性能が制限されてきた、と述べます(詳細は次節)。
We present AlphaGenome, a unified DNA sequence model, which takes as input 1 Mb of DNA sequence and predicts thousands of functional genomic tracks up to single-base-pair resolution across diverse modalities.
モデルの宣言。キーワードは「統合(unified)」「1 Mb 入力」「数千トラック」「単一塩基解像度」「多様なモダリティ」。
Trained on human and mouse genomes, AlphaGenome matches or exceeds the strongest available external models in 25 of 26 evaluations of variant effect prediction.
ヒトとマウスのゲノム で学習し、変異効果予測の 26 評価中 25 で最強の外部モデルに匹敵・凌駕した、という結果の要約です(→ 03 以降)。
The ability of AlphaGenome to simultaneously score variant effects across all modalities accurately recapitulates the mechanisms of clinically relevant variants near the TAL1 oncogene.
全モダリティを横断して同時にスコアリングできる という統合性が、白血病に関わる TAL1 がん遺伝子 近傍の臨床的に重要な変異の機構を正確に再現した、という応用例です(→ 07)。
To facilitate broader use, we provide tools for making genome track and variant effect predictions from sequence.
最後に、配列からトラック予測・変異効果予測を行う ツール(API・SDK)を公開 したことが述べられます。
4. 論文が解いた2つのトレードオフ
AlphaGenome の新規性は、従来の sequence-to-function モデルが抱えていた 2つの根本的トレードオフ を同時に解消した点にあります。
第1のトレードオフ:入力配列長 ⇄ 予測解像度。 計算資源の制約から、モデルは「長距離の相互作用を捉える」か「塩基レベルの細かい解像度を出す」かを選ばざるをえませんでした。
- SpliceAI・BPNet・ProCapNet … 塩基解像度を出せるが、入力が短い(10 kb 以下)。離れたエンハンサーなどの 遠位制御要素を見逃す。
- Enformer・Borzoi … 長い配列(約 200–500 kb)を扱えるが、出力解像度を 128 bp / 32 bp に粗く する代償を払う。スプライス部位・転写因子のフットプリント・ポリアデニル化部位といった細かい特徴がぼやける。
第2のトレードオフ:モダリティの多様性 ⇄ 専門特化。 多くの SOTA モデルは単一モダリティに特化していました(SpliceAI=スプライス部位、ChromBPNet=局所クロマチンアクセシビリティ、Orca=3次元ゲノム構造)。汎用的なマルチモーダルモデル(Enformer・Borzoi など)もありますが、スプライシングのような特定タスクでは専用モデルに劣ったり、接触マップなど一部モダリティを欠いたりしていました。
AlphaGenome は、マルチモーダル予測・長文脈・塩基解像度を1つの枠組みに統合 することで、この2つのトレードオフを同時に乗り越えます。
ヒトで観測される遺伝的変異の 98% 以上は非コード領域(タンパク質をコードしない領域)にあります。これらはクロマチンの開き具合・エピジェネティック修飾・3次元構造・mRNA 量・スプライシングなど、多様な分子メカニズム を介して機能に影響します。実験ですべてを調べるのは不可能なため、配列から影響を予測する計算手法が不可欠です。AlphaGenome は、まさにこの「非コード変異の機能解釈」を主戦場にしています。
5. 全体像:AlphaGenome が予測する 11 モダリティ
AlphaGenome は 1 Mb の DNA と「種(ヒト/マウス)」を入力に、11 種類の出力タイプを各々の解像度で予測します(Fig. 1a)。
| 大分類 | 出力タイプ(モダリティ) | 解像度 | 測るもの |
|---|---|---|---|
| 遺伝子発現 | RNA-seq | 1 bp | 転写量(読み取り深さ) |
| CAGE | 1 bp | 転写開始点の活性 | |
| PRO-cap | 1 bp | 転写開始(nascent RNA) | |
| クロマチン状態 | DNase | 1 bp | DNA アクセシビリティ |
| ATAC | 1 bp | DNA アクセシビリティ | |
| ヒストン修飾(ChIP-seq) | 128 bp | エピジェネティック標識 | |
| 転写因子結合(ChIP-seq) | 128 bp | TF がどこに結合するか | |
| スプライシング | スプライス部位 | 1 bp | ドナー/アクセプター部位 |
| スプライス部位使用率 | 1 bp | 各部位がどれだけ使われるか | |
| スプライスジャンクション | 1 bp | どのイントロンが除去されるか(新規) | |
| 3次元構造 | DNA 接触マップ | 2,048 bp | ゲノム領域間の空間的相互作用 |
入力長 1 Mb は、関連する遠位制御領域の大部分を含むように設計されています。論文によれば、検証済みのエンハンサー–遺伝子ペアの 99%(471 中 465)が 1 Mb 以内 に収まります。つまり 1 Mb は「ほとんどの制御関係をカバーできる最小限の文脈長」として選ばれています。
6. モデルの貢献(何が新しいのか)
論文の貢献を整理すると、次の5点です。
- 統合アーキテクチャ — U-Net 風のバックボーン(畳み込み+Transformer)で、長文脈と塩基解像度を両立(→ 02)。
- 新しいスプライスジャンクション予測 — スプライス部位・使用率に加え、「どのイントロンが除去されるか」を直接予測する仕組みを導入(→ 04)。
- 包括的なベンチマーク — トラック予測 24 タスク(22 で SOTA)、変異効果予測 26 タスク(25 で SOTA)。
- 広範なアブレーション — 解像度・配列長・蒸留・モダリティ組合せの寄与を分解(→ 07)。
- アクセシブルなツール提供 — 公開 API と Python SDK、ゲノム解釈スイート。
7. AlphaGenome と Evo 2 ——2つのパラダイム
本セクションの第1弾 Evo 2 と AlphaGenome は、しばしば一緒に語られますが、立ち位置が異なります。
| 観点 | Evo 2(ゲノム言語モデル) | AlphaGenome(sequence-to-function) |
|---|---|---|
| 学習の枠組み | 自己教師あり(次の塩基を予測) | 教師あり(実験トラックを回帰予測) |
| 何を出力するか | 配列の尤度・新規配列の生成 | 機能ゲノミクス・トラック(発現・クロマチン等) |
| 学習データ | 全生物ドメインの生 DNA | ヒト/マウスの 実験測定データ(ENCODE, GTEx ほか) |
| 主な強み | 進化的制約・配列生成・全ドメイン汎用性 | 非コード変異の 機能的影響 を高精度・多モダリティで予測 |
| 文脈長 | 100 万トークン | 1 Mb(100 万塩基) |
| アーキテクチャ | StripedHyena 2(畳み込みハイブリッド) | U-Net + Transformer |
厳密には、AlphaGenome は GPT 系のような 自己回帰言語モデルではありません。次のトークンを生成するのではなく、配列全体から各位置の機能値を回帰で当てる教師ありモデルです。それでも本セクションで扱うのは、(1) 長距離依存の捕捉に Transformer ブロック を中核として使い、(2) 多様なタスクを単一の汎用表現でこなす 基盤モデル的アプローチ をとり、(3) LLM で発展した知見(蒸留・スケーリング・表現学習)が色濃く活きているためです。論文の Discussion でも、Evo 2 のような DNA 言語モデルと 相補的に組み合わせる 将来像が語られています(→ 07)。
8. このあとの章
| ページ | 論文セクション | 主な内容 |
|---|---|---|
| 02. アーキテクチャと学習 | Unifying DNA sequence-to-function model | U-Net+Transformer・配列並列・事前学習+蒸留 |
| 03. トラック予測性能 | Performance overview / Improved track prediction | 24 評価・Pearson r・スプライシング/接触マップ |
| 04. スプライシング変異 | Improved splicing variant predictions | スプライスジャンクション・複合スコアラー・sQTL・ClinVar |
| 05. 発現・遠位制御の変異 | gene expression / enhancer–gene / polyadenylation | eQTL・GWAS・エンハンサー連結・paQTL |
| 06. クロマチン変異と MPRA | chromatin accessibility, DNase, binding QTLs | caQTL/dsQTL/bQTL・ISM モチーフ・CAGI5 |
| 07. 多モダリティ統合・アブレーション・考察 | Multimodal view / ablations / Discussion | TAL1・形質変異・設計選択の寄与・限界と展望 |
それでは、AlphaGenome を支える土台——アーキテクチャと学習から見ていきましょう。