05. 発現・遠位制御の変異
このページでは、遺伝子発現 に効く変異の予測を扱います。論文の Fig. 4 に対応し、(1) eQTL の予測、(2) GWAS への応用、(3) エンハンサー–遺伝子連結、(4) ポリアデニル化変異(paQTL)の4つを見ていきます。
QTL(quantitative trait locus, 量的形質遺伝子座) は、ある分子的形質(発現量・スプライシング・クロマチンの開き具合など)の個体差と統計的に関連づけられた遺伝子座のことです。本ページの eQTL は遺伝子発現量(expression)、06 の caQTL/dsQTL/bQTL はそれぞれクロマチンアクセシビリティ・DNase 感受性・転写因子結合に関連する変異を指します。「この変異が、その形質を本当に変えているか/どの向きに変えるか」を当てるのが変異効果予測のタスクです。
1. eQTL:発現を変える変異(Fig. 4a–i)
スコアリング戦略(Fig. 4a,b)
eQTL 予測では、「変異が標的遺伝子の発現量をどう変えるか」 を定量化するスコアを設計します。基本は 04 と同じで、REF 配列と ALT 配列の RNA-seq 予測を比べます。
例として既知の eQTL(rs9610445; chr22:36201698: A>C)では、ALT の「C」アレルが APOL4 の発現を下げることが GTEx で知られています。AlphaGenome の予測(variant score = −1.52)は、RNA-seq 被覆も効果の向きも正しく再現しました。さらに ISM は、変異が壊しているスプライスドナーらしきモチーフを浮かび上がらせました(Fig. 4b inset)。
2つの評価軸:効果量(coefficient)と向き(sign)
eQTL 予測は2つの軸で評価されます。
- 効果量(coefficient) — 発現がどれだけ変わるかの大きさ。fine-mapped GTEx eQTL の真値(SuSiE の β posterior)との Spearman 順位相関 ρ で測る。
- 向き(sign) — 発現が上がるか下がるか。auROC で測る。
結果(Borzoi 比、Fig. 4c–f):
- 組織加重平均の Spearman ρ:0.39 → 0.49。
- 平均 sign auROC:0.75 → 0.80。
- これらの改善は 大半の GTEx 組織・変異-TSS 距離・機能アノテーションクラス で広く観測(Extended Data Fig. 5)。
- indel(挿入/欠失)eQTL でも Borzoi を上回る。
Spearman ρ は値そのものではなく 順位 の相関を見る指標で、「効果が大きい変異ほど大きいスコアを付けられているか」を測ります。auROC(ROC 曲線下面積)は2クラス分類の指標で、0.5 がランダム、1.0 が完璧。「発現が上がる/下がる」の2択を当てる sign 予測に使われます。
実用上の効果:2倍の eQTL を回収(Fig. 4g)
sign 予測の精度向上は、実応用で大きな差を生みます。sign 予測精度 90% を保つスコア閾値 で見ると、AlphaGenome は GTEx eQTL の 41% を回収——Borzoi(19%)の 2 倍以上 です。「高い精度を保ちつつ、どれだけ多くの変異に判定を下せるか」で大きく勝っています。
GWAS への応用(Fig. 4h)
この sign 予測を GWAS 解釈 に応用します。18,537 個の GWAS credible set(疾患関連が疑われる変異の集合)に対し、効果の向きを割り当てられるかを評価しました。
- eQTL で 80% 精度に校正した閾値で、GWAS credible set の 49% で少なくとも1変異に確信のある向きを付与(保守的な PIP 加重では 11%)。
- 広く使われる共局在法 COLOC(H4 > 0.95) とは ほぼ重ならない別々の遺伝子座 を解決 → 相補的。両者を合わせると判定できる遺伝子座が増える。
- 特に 最低 MAF(マイナーアレル頻度)の層 では、COLOC の約 4 倍 の credible set を解決。集団遺伝学パラメータへの依存が小さいため、低頻度変異に強い。
COLOC のような統計的共局在法は、関連を検出する 統計的検出力(≒サンプルサイズや対立遺伝子頻度) に依存します。頻度が低い変異は検出力が落ちて判定が難しい。一方 AlphaGenome は 配列から直接 効果を予測するので、頻度に依存しません。これが「低頻度変異で COLOC の 4 倍」という結果の背景です。配列ベースモデルの本質的な強みと言えます。
教師ありでの causality 予測(Fig. 4i)
「fine-mapped eQTL を距離マッチした変異から区別する(causality)」タスクでは、ゼロショットの AlphaGenome は Borzoi と同等でした。しかし AlphaGenome の複数モダリティのスコアを特徴量にランダムフォレストを学習 すると、平均 auROC が 0.68 → 0.75 に向上し、Borzoi(0.71)を上回りました。RNA-seq 単独より 全モダリティの特徴を使うほうが良い(Extended Data Fig. 5e)点が、マルチモーダルの実用的恩恵を示します。
2. エンハンサー–遺伝子連結(Fig. 4j)
組織特異的な発現は、しばしば 遠位のエンハンサーとプロモーターの相互作用 で制御されます。AlphaGenome が どのエンハンサーがどの遺伝子を制御するか を当てられるかを、ENCODE–rE2G の CRISPRi 摂動データで評価しました。
- ゼロショットで Borzoi を上回る。特に TSS から 10 kb 以上離れたエンハンサー で優位(Fig. 4j)。
- ゼロショット性能が、このタスク専用に学習された ENCODE–rE2G(extended)モデルと同等(auPRC 差 1% 以内)。
- AlphaGenome の特徴量を ENCODE–rE2G(extended)に組み込むと、全距離カテゴリで新たな SOTA。
CRISPRi は、CRISPR の仕組みで標的領域の 転写を抑制 する技術です。「あるエンハンサー候補を抑制したら、どの遺伝子の発現が下がったか」を実験的に測ることで、エンハンサー–遺伝子の因果的なリンク の正解データが得られます。AlphaGenome はこの実験的正解を、配列からゼロショットで予測できる、というわけです。
ただし、両モデルとも 非常に遠位のエンハンサーの影響は過小評価 する傾向が残ります(Extended Data Fig. 7d)。これは 07 の限界の議論につながります。
3. ポリアデニル化変異(paQTL / APA)(Fig. 4k)
APA(alternative polyadenylation, 選択的ポリアデニル化) は、mRNA の 3' 非翻訳領域(3' UTR)の長さを変えて転写産物の多様性を生む過程で、RNA の半減期や組織特異性に影響します。
注目すべきは、AlphaGenome は ポリアデニル化のデータで明示的に学習していない にもかかわらず、RNA-seq 被覆の予測だけから APA を捉えられる点です。
- APA 予測:Spearman ρ 0.894(Borzoi 0.790)で SOTA。
- paQTL 判別:PAS(ポリアデニル化シグナル)から 10 kb 以内で auPRC 0.629(Borzoi 0.621)、50 bp 以内で 0.762(Borzoi 0.727)。全距離で Borzoi を上回る。
- ISM は、AlphaGenome が 標準的なポリアデニル化モチーフ の重要性を学び、それを壊す/作る変異を検出できることを示した(Extended Data Fig. 6)。
AlphaGenome は近位・遠位のポリアデニル化シグナルの 競合 を、RNA-seq 被覆の予測を通じて内在的にモデル化しています。ポリアデニル化を直接学習しなくても、RNA-seq の形(どこで転写が途切れるか)を正確に予測できれば、APA も自然と当たる——統合モデルが「学んでいないタスク」に転移できる好例です。
4. まとめ
- eQTL:効果量(Spearman ρ 0.39→0.49)・向き(sign auROC 0.75→0.80)とも Borzoi を上回る。90% 精度閾値で 2 倍の eQTL を回収。
- GWAS:credible set の 49% に向きを付与。COLOC と相補的で、低頻度変異では COLOC の 4 倍 を解決。
- エンハンサー–遺伝子連結:ゼロショットで Borzoi 超え、専用モデルと同等。特徴量統合で新 SOTA。
- paQTL/APA:ポリアデニル化を学習せずとも RNA-seq 予測から SOTA。
次の 06. クロマチン変異と MPRA では、クロマチンアクセシビリティ・転写因子結合に効く変異(caQTL/dsQTL/bQTL)と、MPRA による配列活性の予測を見ていきます。